会長挨拶

大和市剣道連盟会長

戸塚義孝

そんきょとは 己が命を 示すもの 心気をこめて 堂々とせよ

 

そんきょ「蹲踞」とは

剣道の形、稽古または試合の終始に、互いの礼の後に蹲踞をする。

蹲踞とは何か?

 

昨今ではその意を確かめようとせずして、不要論までたたえる指導者があるという。思わざるも甚だしいものというべきである。

 

蹲踞とは、武術と称していた時代から実行された儀式として重要視されたものである。

堂々と姿勢を正し、下腹部に気を満たし「いざ全力を尽くして堂々と戦わん」と誓いを示し、また戦い終えては、互いに礼を尽くして相手を讃え合い、感謝の意識を示す最高の場なのである。

 

相手かまわずヒョイと反動的に蹲踞をし、またよろよろと打っていくなどは本当の剣道ではない。

持田盛二先生(範士十段「昭和の剣聖」と称される剣道家の一人、1974年89歳没)は「試合にしろ、稽古にしろ、一番大事なところが蹲踞である」と主張しておられたものであり、また、

小川忠太郎先生(剣道範士九段・小野派一刀流免許皆伝、1992年91歳没)は、「蹲踞とは何か、自己なり。不退転の心なり、百錬の己の命を示す儀式である」と言っておられたものである。

 

よく蹲踞の真意を呈して指導し、堂々と重厚な蹲踞を励行するようにしてほしいものである。<「剣道の詩」羽賀忠利先生著より >

 

蹲踞は何のためにやるのか。その意義と目的。

  1. 相撲に見られるのは一瞬の座禅。戦う直前における呼吸の調整法、気力の充実、精神統一から無念無想、悟りの境地が培われる。
  2. 戦う前の相手に対する一種の礼法。蹲踞は屋内での礼法に代わるものとして山野において行われたのが始まりで、その原点は、神仏の霊に接するときの姿勢であったといわれ、屋外などの場所の関係で蹲踞したり、片膝をついたりしたもので、山野を修行の場所とした修験者が用いたようである。
  3. 古流の形やなぎなたなどに見られるように木刀を下に置き、剣先を床につけて構えを解き、無抵抗を示す状態の礼法もある。
  4. 剣道の蹲踞は、抜刀して、中段に構えを取るので、もはや礼法ではなく戦闘状態の前段階として考えると、身構えの一種で中段に属する構えの一種である。そう考えると蹲踞よりもさらに戦闘状態に近づき、戦う姿勢としてふさわしい「立っての中段」で試合を開始しても良いであろう。

 

一方、高野佐三郎先生は蹲踞について、「敵の策戦、心の動向を察知、或いは看破するのであり、また機会において何か敵から暗示を受ける非常に大切な場合である。したがって真の緊張もここにある。」と話しておられるということです。以上のような内容を考え、蹲踞は油断の無いように、特に姿勢を正して堂々と向き合うようにしたい。(「剣道礼法作法」から馬場武典先生)        

 

 

秋分の候が過ぎ、そろそろ秋めいてきました。しかしながら、先日の大型の台風15号も多くの傷跡を残していきました。まだまだその影響で大変な生活を強いられている住民の皆さんもたくさんおられると聞いています。心からお見舞い申し上げたいと思います。

 

さて、会員の近況ですが、8月には大和市立つきみ野中学校の剣道部女子が見事団体で千関東大会(千葉県開催)に出場し健闘いたしました。また、渡辺史郎先生(小板橋道場)が七段、宮下由貴先生(つきみ野剣友会)が六段に昇段されました。おめでとうございます。

 

さらには9月1日、第63回県青少年選手権大会において、4人が敢闘賞を受賞しました。受賞者は次の通りです。12歳の部で市川大翔君(つきみ野)、15歳の部で田部直輝君(つきみ野)、19歳の部で早川二弓君(錬武館)、一般女子で倉谷春乃さん(つきみ野)です。頑張りました。また、9月5日の県理事会では、錬武館山口道場が「少年剣道教育奨励賞」の受賞を決定しました。おめでとうございます。秋は収穫の季節です。厳しかった夏の稽古を乗り越えて成果を出していけるシーズンです。各種大会や審査が控えていますが、会員の皆さんの自己実現に向けて大いに活躍していただきたいと思います。頑張っていきましょう。

 

終わりに今年も宿泊研修会を計画しています。10月の19日(土)20日(日)の二日間にわたって道志村において行われます。飛知和先生、織口先生の両八段の先生をお迎えして行います。剣道形、指導法、審判法、審査にむけての指導稽古などの内容で研修する予定ですが、二日間の剣道三昧を大いに期待していただきたいと思います。日帰りも歓迎です。どうかお誘いの上ご参集ください。お待ちしております。

 

2019年9月29日