会長挨拶

大和市剣道連盟会長

戸塚義孝

 

大和の「城と古戦場」の話

 

上和田城山(かみわだじょうやま)

 

県立大和南高等学校は古くから城山と呼ばれている所だったともいわれています。城の構造、年代、城主などはすべて不明ですが、近くには城跡に由来するとみられる「土合」(どえ~)の小字について記した石碑が建てられており、これが城山に関する唯一の示標があります。和田判官という人物が住んでいたという伝承もあるようです。この和田判官は和田左衛門尉義盛ではないかとも言われています。義盛は建保元年(1213)北条氏に抵抗して和田の乱を起こし敗死し、和田一族は滅亡したといわれています。上和田の矢ノ下は、義盛が戦った場所とされ、義盛軍の射た矢から根が生え、矢竹となったといわれている。(『やまと歴史マップ』「矢ノ下」は城山の南の大和南高校の南側あたり。)

 

市内の随所に歴史的な旧跡がありますが、この時代の城は砦であり、武士といっても平素は農耕もしていたので、周囲には水田や畑があり、敵襲を防ぐには都合よく、また平和な生活ができるような自然的要害の場所を城砦にしていたものと思われます。大和の往時の武士を想像するに、時代によってはこの地域の特性でのんびりと過ごせるような環境で生活をしていたのかもしれません。

 

 

武相大会に参加して

 

さて、「雨水」となりました。空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になる、という意味です。草木が芽生え、昔から、農耕の準備を始める目安とされてきました。春一番が吹くのもこの頃です。しかし、本格的な春の訪れにはまだ遠く、大雪が降ったりもします。三寒四温を繰り返しながら、春に向かっていきます。剣道もこの時期の稽古がとても大切で、春になってよい花(審査や試合などの成果)が咲くためにも我慢してコツコツと稽古を積み上げていきたいですね。

 

この最中で過日217日には伝統の武相大会が相模原北総合体育館で行われ、見事本市の女子チームは第3位に入賞しました。おめでとうございます。概ね10日間の練習会を熱心に参加して、しっかりと成果が表れました。選手の皆さん大変お疲れさまでした。

 

大会も終わってみれば相模原市、海老名市、平塚市、茅ケ崎市が男女ともに上位を占めました。これらの支部は一般から子供まで県の大会においても必ず上位に入賞しています。お話を聞くと会員数も大和の倍以上もいるようですが、何より合同稽古の機会も多いようで、普段から熱心に拠点に集って稽古されているようです。今後の大和支部の活動を考えるとチーム力を高め、活気ある活動をもっと行っていく必要があると思います。大和はかつて沢山の会員数があり、剣友会や道場がたくさんできましたが、現在は13支部の活動となり、それぞれの会員数も伸び悩んでいるようです。今後は市内合同稽古の機会を増やし、支部を越えて交流稽古をたくさん計画していきたいと思います。会員の皆様も大いに参加していただき充実した「やまとの剣士」になりましょう!

 

2019年 2

 

大和市剣道連盟 戸塚義孝

 

 

 

大和の合同稽古は大和スポーツセンターで行っています。

 

日曜日9001200 土曜日16001800 不定期ですが、詳細は後日掲載します。